『津軽びいどろ』の生まれた青森県の多彩な「いろ」と「ひと」と「もの」、そして「こと」を訪ねて取材、土地の魅力を発信していくコンテンツです。今回は古くから青森のりんご農園を守り続けてきたフクロウについてご紹介します。
青森のりんご園に営巣する“フクロウ”
青森県のりんご農家は、年中を通してりんごを育てます。りんごの作業は1000㎡当たりおよそ213時間もの時間がかかると言われており、冬の間にも枝のせん定作業が行われているというから驚きです。
一年を通して大切に育てられているりんごですが、ときには園地に棲み着く害獣のハタネズミが木を食べてしまうことも。ハタネズミがりんごの樹皮を一周食べてしまうと、その木を再生することは不可能だと言われています。
そんな厄介者からりんごを守ってくれる救世主がいます。3月〜5月頃にかけて、青森のりんご園に営巣するフクロウです。
津軽平野に注がれた優しいまなざし
実りを願い、子を思う
畑を優しく見守るのは
ヒトとフクロウ
りんご園に棲み着く理由は「樹洞」にあり。
長い冬が明けると、フクロウは子を産み育てるため、餌が豊富にとれるりんご園にやってきます。フクロウはハタネズミが大好物。一羽あたり毎日3匹ほどのハタネズミを捕食すると言われています。積雪地のハタネズミは冬眠をしないため、冬の間もどんどん繁殖して増え続けます。フクロウがりんご園に営巣する頃には、ハタネズミの数もかなり多くなっている頃です。
「フクロウにとって、園地は定期的に草刈りが行われるので見晴らしが良く、狩りに適している環境でもあるんですよ」と話すのは、りんご園のフクロウを研究する弘前大学農学生命科学部の東信行教授。
今から25年ほど前、青森のりんご園には樹洞(じゅどう)という穴を持つ、古いりんごの樹がたくさんありました。フクロウはこの樹洞を巣として利用し、春先からヒナが巣立つまでの約2ヶ月間を過ごします。
しかし、近年は効率的にりんごを栽培できる、新しい矮性低木が主流となり、樹洞を持つ古い木はほとんど姿を消しました。東教授はりんご園とフクロウの共生関係を維持するために、農家さんたちと共に、園地にフクロウの巣箱を設置する活動を行っています。
弘前大学農学生命科学部 東信行教授
りんごの木の影に潜み、
巣立ちの日を迎える子フクロウ。
子フクロウが巣立ちのときを迎える5月中旬。実際に巣箱を設置する、弘前市下湯口(しもゆぐち)地区にある平井和香さんの園地を訪ねました。
平井さんが園地に巣箱を設置したのは約10年前のこと。今までさまざまなハタネズミ対策を行ってきましたが、どれも惨敗。フクロウの実力には到底かなわないと言います。
「人間が100個のネズミ取りを仕掛けても、捕れるのはほんの数匹。その上フクロウはひと家族につき毎日十数匹も捕食してくれるんですよ」と平井さん。毎日のりんご作業に加えてネズミ対策を続けるのは至難の業。特別な道具や強い薬を使わずネズミの数を減らせるのは、農家さんにとってかなりありがたいことです。
りんご農家 平井和香さん
この日もりんごの木には子フクロウがいました。ふわふわの白い羽毛をまとった姿は、まるでぬいぐるみのようです。
「目を瞑って寝ているようにも見えますが、天敵から身を守るために木に化けている状態のようですね」と東教授。親フクロウの姿は見えませんが、近くの林から巣立ちの瞬間を見守っているようです。巣立ちの邪魔にならないように、木の影からそっと観察します。
平井さんは巣箱がきっかけで起きた、数々のほっこりエピソードを教えてくださいました。
「ダチョウの羽毛を付けた棒を持ってりんごの授粉作業をしていたら、巣箱からカチカチって音がしたんです。よく見たらヒナがくちばしを立てて威嚇していました。フクロウかと思いきや巣箱の中にカモが入っていたこともありましたよ。」笑いながらそう語る平井さんと話していると、フクロウはりんごを守る救世主的存在でありながら、癒しの存在にもなっているのだなと感じました。
これから入居する小さな住人のために。
弘前市相馬地区には、約30年にわたってフクロウの巣箱を作り続ける名人がいます。宮大工歴50年以上の経歴を持つ山崎隆穂さんです。山崎さんが複数のりんご農家に巣箱を提供したところ、雨風に強く長持ちすると評判に。その噂は瞬く間に広がり、今や県内外から注文が殺到しています。
長持ちの秘密は、「大和張り」で作られた屋根にあります。大和張りとは、神社や古民家などの外壁などに用いられる技法。板をずらして貼り合わせ、微妙な隙間を生じさせることで巣箱の通気性が保たれ、木が長持ちするのだそうです。
「廃材などを活用して作ることもできるけど、なるべく一から作るようにしているんだ」と話す山崎さん。理由を尋ねてみると、「だってマンションが新築だったら、引っ越したときに気持ちがいいでしょう。フクロウも人間も同じだよ。」と教えてくれました。
他にもカラスからヒナを守るために底を深くしたり、子が巣立ちやすいように階段を取り付けたりと、住人ファーストの工夫が盛りだくさん。こだわりの巣箱には、山崎さんの愛情がたくさん込められているようでした。
フクロウの巣箱職人 山崎隆穂さん
「大和張り」に込めた想い
これから集う、小さな住人のために
匠の技と愛情が込められた
こだわりのワンルーム
長い冬を越え、今度は一人前の親として。
5月初旬、子フクロウはいよいよ巣立ちのときを迎えます。やわらかい羽を何度も動かしながら、落ちたり飛んだりを繰り返して、新しい棲み家となる森を目指します。今はあどけない様子の子フクロウですが、いずれは親フクロウとして、また新しい子を迎える準備をするために、再びりんご園に戻ってくることでしょう。
青森のりんご農家が丹念に育てたおいしいりんごと共に、人々にたくさんの幸せをもたらしてくれるフクロウ。りんご園とフクロウの共生関係がこれからも続いていくことをそっと願いたいものです。
施設紹介
フクロウのことをもっと知りたいなら・・・
浪岡交流センター「あぴねす」
りんご園のフクロウの生態を学べる施設。施設内には、樹齢80年以上の大きなりんごの木があります。奥にはフクロウの生態を解説したパネル展示コーナーやフクロウの羽や卵を観察できるブースなどもあり、フクロウをより身近に感じることができる貴重な資料が満載です。
浪岡交流センター「あぴねす」公式サイト
https://apiness-namioka.com/