【読みもの】青森の地酒を、酒器と訪ねて地酒が教えてくれる一期一会の酒器選び
第4回株式会社菊駒酒造
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株式会社菊駒酒造
青森県三戸郡五戸町字川原町12
平均気温が氷点下に達する1月の青森県。雪道を足早に行き、たどり着いた室内でストーブの暖に包まれながらホッとリラックスして味わいたいのが青森県の地酒です。四季を色で表現した青森の伝統工芸品「津軽びいどろ」の酒器で飲めば、さらに格別の味わいでしょう。
酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、「津軽びいどろ」でお酒を楽しむ日本酒ライターの関友美がお届けする連載企画。第4回目は、『菊駒』を醸す菊駒酒造を訪ねました。
開拓された山間の町。馬とともに生きる五戸の人々
菊駒酒造があるのは、青森県南部に位置する三戸郡の町のひとつ五戸町(ごのへまち)。八戸市街地まで車で20分ほどの位置にある、内陸の坂の多い街です。青森から岩手にまたいで一戸(いちのへ)~九戸(くのへ)と、「戸」がつく地名がありますが、鎌倉時代に戸制(へせい)でエリア分けしたことが由来になっています。「戸」には馬を育てる牧場が設置されました。なかでも五戸では馬市がおこなわれ、運搬手段や移動手段として馬が活躍していました。引退後の馬は供養の意味で大切に鍋などにして食され、労働者たちの大切な滋養となりました。馬とともに生きる「馬のまち」として発展を遂げてきたのです。
町のシンボル的存在である菊駒酒造を訪れ、代表取締役社長の7代目・三浦弘文さんに酒蔵についてお話を伺いました。
五戸で生まれ五戸に愛される、五戸の地酒「菊駒」
菊駒酒造のお酒は、五戸の濃い味付けの地元料理に合わせて、味が濃醇でしっかりとコクがありまろやかな味わいが特徴です。生産量の98%を青森県内、またそのうち約80%は蔵から20キロ圏内で消費されています。山間のため「なんばんみそ」など保存のきく味の濃いものが多く、夏場はやませが吹き、冬は雪が積もる過酷な環境下で一次産業に携わる人が多かったため、馬肉を使い名産のゴボウなどを一緒に煮込んだ味噌仕立ての「馬肉のかやき鍋」や「義経鍋」などしっかりと味付けのされた体温まる料理が重宝されてきました。
110年を超える歴史ある菊駒酒造。かつての銘柄は「三泉正宗」でした。鑑賞菊の栽培と改良に努めた菊作りの名手だった4代目久次郎が、昭和初期に「菊」と馬を意味する「駒」をあわせて「菊駒」と命名しました。『菊駒』を出荷する際にも、近代まで馬を使用していたそう。今でも母屋の柱には、馬の手綱で擦れた痕跡が残されています。
元鑑定官の5代目の手によって受賞を続ける銘酒へと進化
5代目久次郎(幼名:章)さんは、4代目の次男だったので元々継ぐ予定はありませんでした。それでも発酵に興味を持ち、広島高等工業学校(現在の広島大学)の醸造学科に進み、東京国税局で酒類鑑定官を務めていました。酒類鑑定官とは、管轄の酒蔵に出向き監査し製造技術や品質管理の向上をアドバイスするプロフェッショナルのこと。しかし1948(昭和23)年に4代目が病死した時、すでに長男は亡くなっていたため、章さんが5代目久次郎となりました。
5代目の知識と情報を活かした地道な酒質改良の甲斐あって、「菊駒」の酒は1977(昭和52)年から6年連続で「全国新酒鑑評会」金賞受賞、通算26回の金賞受賞に輝き全国でも認められる存在となりました。
全国でも人気のきょうかい10号の発祥蔵…かもしれない
秘訣のひとつに「M2酵母」があります。現在日本醸造協会の「きょうかい10号酵母」として全国の酒蔵で広く使われている人気の酵母の原型といわれるもので、酸が少なく、ほど良い吟醸香(メロンやバナナのようなフルーティな香り)が出るのだと5代目は惚れ込みました。
「きょうかい10号酵母」は、かつて仙台国税局酒類鑑定官室長を務めていた小川知可良氏が開発したものです。小川先生は、全国の酒蔵を技術指導で回りながら、あちこちの酵母を採取し培養して、酒蔵に配りより良い清酒酵母になるものを探していました。その内のひとつが「M2酵母」でした。小川先生はどこで採取した酵母なのか明かすことなくこの世を去りましたが、菊駒酒造にもよく出入りしていて、生前「青森県の南部地方の蔵だよ」と言っていた証言もあり、またかつ5代目が元々同職だったことから繋がりが深かったのではないかと推測されます。真相は誰にもわかりませんが、菊駒酒造では今日でも「M2酵母」を受け継いだ「きょうかい10号」や「M310酵母」を使用して酒づくりをし、先代の想いと味わいを引き継いでいます。
「地酒と雇用を守る」地域への想いから一念発起
太平洋戦争の頃に地域の酒造の統廃合が行われ、菊駒酒造(当時の三泉酒造)は八戸酒類に加盟し、菊駒工場として稼働していました。62年という長い間、八戸酒類の傘下として酒づくりを続け、変わらず地元の人たちから愛されていた「菊駒」でしたが、ある時母体である八戸酒類に経営上の大きな変更の話が浮上しました。その内容を見ると、将来五戸から酒蔵が無くなってしまう可能性もありました。「なんとしても従業員を守りたい」という想いから6代目弘揮さんの妻・和子さんが社長になり、菊駒酒造を株式会社化。しかし借地権等の問題で、母屋のある元の場所で酒づくりを続行できず、新たな場所を探すことになりました。
なんとか借りることができた現在の醸造所は、穀物商を営む会社の敷地内にある農業用倉庫として使っていた建物でした。仕込水に使用するための井戸を新たに掘り、2008年にようやく独立して再出発しました。併せて和子さんの長男である弘文さんが実家である酒蔵に戻り、2010年に社長就任し自らも酒づくりに参加しました。弘文さんは東京農業大学醸造学部を卒業し、都内にある地酒専門酒販店で働いていましたが、実家のピンチを目の当たりにし帰郷を決心したそうです。問題を見つけては解決し、さまざまな困難を乗り越えながらみんなで「菊駒」を死守してきました。
5代目から引き継いだ「酒造一念 銘柄萬年」の精神
「生まれた時から町の方たちが、どんな時でも『菊駒』を飲む姿を見て育ったので、どうしてもこの地で酒を造り続けていきたいって思っちゃったんですよね」と三浦社長は真剣なまなざしで呟きました。青森県産の酒米「華吹雪」「華想い」を中心に青森県産の酒米を使用し大切に造られた「菊駒」のお酒は、レイメイという道具を使って手動で1本1本丁寧に充填して、ラベル貼りもすべて手作業でおこなってから出荷されます。大変な作業でも真摯に続けられるのは、スタッフみんなが昔から親しんできた「菊駒」を製造する誇りと、近所の方々に「美味しいね」と言ってもらえる純粋な喜びを持っているからなのです。
現在のスタッフは通年で7名。繁忙期である冬季にはさらに3名が加わります。3名の本職は牛飼いの農家さん、たばこ農家さん、野菜農家さんと五戸ならではのメンバーが揃っています。29歳の若さで社長になりここまでやって来れたのは、南部杜氏の藤田郁夫さんをはじめベテランのスタッフが支えてくれたおかげだったといいます。三浦社長は「不安定な状態でも菊駒の独立に付いてきてくれて、再始動に向けて自発的に動いてくれた方がいたから現在の菊駒があります。困難も多いが、今も昔も本当に人には恵まれていて、助けられています」と感謝の想いを語ります。
Tsugaru Vidro selectedfor 菊駒
「津軽びいどろ」で味わう
「菊駒」3種
日本酒の味わいは、飲む器によって変化します。口にあたる厚みや角度など形状だけでなく、器の色から受ける印象も気分に影響し、感じ方を大きく変える要因となるのです。桃色の器は優しく心を彩り、青の器に注げば爽やかな気分でお酒を愉しめることでしょう。「津軽びいどろ」の酒器といえば、四季をイメージした鮮やかな色合いが特長です。
今回は、三浦社長に“うちのお酒とあわせたい”という津軽びいどろ酒器を選んでもらいました。『菊駒 純米酒』『菊駒 純米吟醸』には「あおもりの肴 盃」、『菊駒 小菊』には「12色のグラス 紅」と「12色のグラス 山吹」です。
友美 「今回の器選びには、幼い頃の思い出の風景が投影されているそうですね。」
三浦社長 「小学生か中学生の頃の、夏の日。友達の家に遊びにいくと縁側でそこのおじいさんが昼間からお酒を飲んでいたんです。僕に気付くと照れ笑いしながら『菊駒』の一升瓶を持って『ばあさんもいなくなって、友達はもうこれしかねぇんだ』って言ってくれたんですよ。僕が菊駒酒造の息子だって、おじいさんは知らないんです。幼心にも“お酒づくりするっていいことなんだな。こんなに人を喜ばせることができるんだな”って思ったんです。その時の風景がなんとなく忘れられません。おじいさんが飲んでいたのは濃い色でグラデーションになったような湯飲み茶碗でした。」
友美 「湯飲み茶碗の色が『あおもりの肴 盃』の鮪、大きさが『12色のグラス』だったというわけですね。おじいさん、随分嬉しそうに飲んでいたんでしょうね。その頃には蔵を継ぐという意識はあったんですか?」
三浦社長 「両親から継げと言われたことはなく、好きなことしなさいという考えでした。でもスタッフや近所の人は違って。『あんたが継ぐんだよ』とよく言われましたね。それで、僕が継ぐんだろうなぁと。」
友美 「そんな小さな頃からすごいなぁ…。その環境下で、おじいさんとの出逢いがあったんですね。」
三浦社長 「その出来事が、酒づくりの仕事って悪くないなって思ったキッカケです。だからこそ、地元の人にちゃんと飲んでもらえる酒をつくることがまずは大切だと思っています。気取らずに、あの日のおじいさんみたいにグイグイ飲める酒です。」
友美 「まずは『菊駒 純米酒』です。コクがあって、味わいがしっかりしているけど飲み終わりはサラリ、最後はスッキリとしているのが意外でした。」
三浦社長 「少しクリーミーで、ナッツみたいな風味だと言われます。『菊駒』はきょうかい10号酵母を多用しますが、他の蔵に比べてそこまで華やかな香りを出しません。五戸のソウルフードであるみそ味がしっかりした馬肉料理やごぼうに合わせて、しっかり押し味があるお酒です。」
友美 「次に『菊駒 純米吟醸』。純米酒に比べるとスッキリ華やかですが、一般的にみると重みがあるというか、味わい深い吟醸酒です。ついつい肴が欲しくなる味わいです!どちらのお酒も五戸の料理にはもちろん、洋食にも合いそうで、確かにグイグイ飲めてしまいそうですね。『あおもりの肴 盃』4種類それぞれの色合いによって印象も変わるから、飲み比べても面白いかも。」
友美 「最後に『菊駒 小菊』という普通酒です。ふつう和らぎ水(チェイサー)用に使いそうな大ぶりの『12色のグラス』を選んでくださいました。」
三浦社長 「まさにおじいさんが湯飲み茶椀で飲んでいたのが『菊駒 小菊』だと思うんです。あと地域の飲み会なんかでも、この辺の人たちはせっかちなので、最初はおちょこで飲んで、会が進むにつれて段々とまどろっこしくなってコップ酒になるんですよね。上品に飲む日本酒もおいしいけど、おちょこもグラスも両方日本酒っていうのもいいかなって(笑)」
三浦社長 「酒器と一緒に、おじいさんがいた夏の日の縁側のイメージにあわせて風鈴を選びました。音色が美しいですね。」
友美 「『風鈴 彩 あじさい』の淡くて優しい色も癒されますね。「津軽びいどろ」の風鈴は、本体にあたってチリンチリンと音を鳴らす『舌(ぜつ)』という部分に細かい溝を施す工夫をしているので、綺麗な音色になるのだそうです。繊細で透き通るような音ですねぇ。」
地元五戸とともに歩んできた「菊駒」について、町を心から愛する三浦社長のお話を聞きました。みんなが「菊駒」を飲み、代々飲み継がれていくことで、世代を超えた共通項となり、さらには町の代名詞となる…地域における地酒の重要性を再確認しました。ぜひこの機に『菊駒』を手にとってみてください。
ギャラリー
- 次回の「青い森の日本酒と津軽びいどろ」は、2月更新予定です。370年を超える青森最古の歴史を持ちながらも2020年3月に惜しまれながらも幕を閉じ、同年12月に出資を受けて酒造会社を新設。銘柄「岩木正宗」「七郎兵衛」を引き継ぎ、移転し再スタートした竹浪酒造店さんにお話しをうかがいます。
[ sake writer ]
関 友美 せき ともみ
日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師/あおもりの地酒アンバサダー(第一期)/フリーランス女将/シードルマスター
北海道札幌市生まれ。
「とっておきの1本をみつける感動を多くの人に」という想いのもと、日本酒の何でも屋としてお酒の美味しさと日本文化の面白さ、地方都市の豊かさを伝える。また青森県酒造組合認定「あおもりの地酒アンバサダー」第一期メンバーとして、青森県の地酒の魅力を広くPRしている。
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