【読みもの】青森の地酒を、酒器と訪ねて地酒が教えてくれる一期一会の酒器選び

株式会社 鳴海醸造店

第1回株式会社 鳴海醸造店

梅雨の合間、日差しが強くなり始めたのを感じる6月。青森を車で走れば、そこかしこに大きくなり始めたりんごの実を見ることができます。まだ爽やかな気候のなかで仲間と一緒に楽しみたいのが、青森が誇る伝統工芸品「津軽びいどろ」とあおもりの「地酒」です。

酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、「津軽びいどろ」でお酒を楽しむ日本酒ライターの関友美がお届けする連載企画。第1回目は、『稲村屋』『菊乃井』を醸す『鳴海醸造店』です。

江戸時代からの面影を残す、情緒ある黒石のまち

黒石市は青森県のちょうど中央に位置し、かつて南部と津軽往来の主要経由地として栄えた土地。弘前藩の支部にも関わらず、当時は弘前の人たちが羨むほどの華やかで賑やかな場所だったといいます。藩政時代の面影を残す建造物も多く、特に「日本の道百選」のひとつにも選ばれた「中町こみせ通り」は観光客に人気のスポットです。「こみせ」とは、通りに面した町家に設けられたひさし(アーケード)のこと。雪深い黒石では重宝され、現在まで良好な状態で保存されています。

「中町こみせ通り」の中心的存在である鳴海醸造店は、創業文化3(1806)年。200年以上の歴史を持つ酒蔵です。代表取締役社長兼醸造責任者(杜氏)の7代目・鳴海信宏さんが、私たちを出迎えてくれました。

鳴海醸造店3つの柱「菊乃井」「稲村屋文四郎」「稲村屋」

鳴海醸造店では、主に3つの銘柄の日本酒をつくっています。代表銘柄の「菊乃井」は、2代目が菊の花を愛し「菊の香りを酒に取り入れれば酒の楽しみもまた一段と増し、飲む人にも喜ばれるだろう」と酒を搾る際、槽口に菊の枝を置いて成功したエピソードに由来しています。その後1997年に誕生した「稲村屋文四郎」は、鳴海社長の父である6代目がみんなで大吟醸酒を飲んでいた時、仲間たちがあまりの美味しさに「別の名前をつけて売り出してはどうか」と提案したのがきっかけ。屋号と代々襲名していた「文四郎」を掛け合わせて名付けられました。そして最も新しく、2017年にリリースされたのが「稲村屋」です。長年蓄積されてきた技術を活かし、丹精込めて低温発酵で仕込んだお酒は少量生産で、流通過程で酒質が劣化することのないよう専門知識を持つ特約店のみが取り扱う限定流通商品です。芳醇でいながらも、後味よくキレのあるお酒を目指しています。

先祖から受け継いだ昔ながらの蔵で

鳴海家の家屋は、まるごと市の有形文化財に指定されています。そして各棟を繋ぐ渡り廊下の外に見える立派な庭園は、国の登録文化財です。母屋は建設から210数年、仕込み蔵は110年以上経過した大正期の建物。当時流行していたレンガがあしらわれた壁や、釿(ちょうな)がけされた梁などに趣を感じます。

文化財指定された建物のなかで、今でも変わらず酒造りがおこなわれています。土づくりの蔵は夏涼しく、冬は冷えすぎないので日本酒づくりに向いています。時代の流れとともに建て替えられ、昔の道具は処分されるケースがほとんどですが、鳴海家では、現在は使っていない木の桶や樽はもちろん、3代目夫人が嫁入り時に乗ってきた大きな籠もそのまま保存してあるため、代々脈々と紡がれてきた歴史や想いに触れることができます。

かつて使用されていた木の道具が綺麗な状態で保管されている
現役で使用されている古くからの和釜

時代に翻弄され、思いがけず杜氏就任

鳴海社長は、東京農業大学で醸造を学んだのち、東京の酒類問屋で3年務めていた時、父から「帰ってきてくれ」と求められ、1993年鳴海醸造店に入社。
鳴海家では、酒づくりのほかにビール問屋業を営んでいて、年商も次第に増えて家業のメインとなっていました。「父はいつも問屋業にかかりきりで、お酒の製造は信頼をおく従業員さんに任せてなにかあれば顔を出す、という印象でした」と鳴海社長は言います。しかし1995年から酒類小売業免許が規制緩和していったことで、スーパーやディスカウントストアでも届け出を出せば酒類を扱えるようになりました。そこで問屋業は売却し、酒造業だけでやっていくことを決めます。ちょうどその頃、長年勤めていた杜氏が高齢を理由に引退し、相次ぐ怪我や体調不良などから後継者不在の状態に陥りました。

当時専務だった鳴海社長は、「自分がやるしかない」と一念発起。2007年から杜氏職に就くことを決めました。初年度こそ人手不足でなんとか走り切るような酒づくりだったものの、2009年には「全国新酒鑑評会」で金賞受賞。2010年には「青森県清酒鑑評会」で知事賞を受賞。さらにまた「全国新酒鑑評会」で金賞受賞…と受賞を重ねて、杜氏としての実力を認められるようになりました。2021年の「全国新酒鑑評会」でも金賞を見事受賞しています。

地元・黒石を想い、一本いっぽん心を込めた酒づくり

「当初は鑑評会で賞をとるようなお酒を造らないと・・・という気負いから賞を追い求める気持ちが大きかった。だけど悩んだ末に、年間300石(一石=一升瓶100本)の小さな蔵なので、日本酒を愛する方に向けて、自分が好きなお酒を届けようと考えました」と、鳴海社長は言います。蔵に戻った当時は製造の約80%を占めていた普通酒を減らし、純米酒を増やし、手づくりの良さを活かしてより丁寧な酒づくりを目指します。現在では追求した酒が、結果的に入賞するという理想の形にたどり着いています。

鳴海社長を入れて全8名で、酒づくりから瓶詰め、商品発送まですべてを担っています。レイメイという手動の機械で充填され打栓してラベルを貼って・・・一本ずつ人の手によっておこなっています。8名中5名は冬季限定のスタッフさんです。というのもみんな夏場は、りんご農家、左官屋…など別の仕事をもっています。11月半ばのふじの収穫が終わってからでないと蔵に来ることができず、また3月に入ると今度はりんごの木の剪定作業のため帰らなければなりません。どちらも地元の大切な産業。青森ならではの事情といえるでしょう。12月から3月の限られた短い期間に凝縮して、一人ひとりが責任を持ち、自分たちのお酒に誇りをもって、造られています。

お酒づくりに使う「仕込水」は、南八甲田の伏流水から湧き出た敷地内の井戸水を使用しています。「八甲田山脈に降り注いだ雨雪が数百年の長い年月をかけて地中でろ過され、私たちのもとに届きます。青森という美しい場所ならではの自然からの恵み。硬度6程度の酒づくりに適したやわらかい水です」と鳴海社長が教えてくれました。
お米も地元にこだわり、青森県産米を中心に使用しています。青森で開発された「華想い」「華吹雪」「華さやか」「吟烏帽子」、そして去年から復活米「ムツニシキ」を使ったお酒づくりにも取り組んでいます。
ムツニシキは日本酒専用米ではなく、食用のうるち米。小粒で玄米品質は極めて良く、粘りが少なく、硬めに炊きあがることが特徴とされていて寿司米として適していますが、徐々に衰退してやがて絶滅してしまいました。黒石はかつて、北海道でも知られるほど良質な米の産地でした。そこで、市をあげてムツニシキ復活プロジェクトを立ち上げ、2019年に復活を実現。せっかくなら「ムツニシキ」をお酒にもしたい!という黒石市長ほか地元の人たちの厚い要望があって、チャレンジすることに。同じく「ムツニシキ」を使った寿司と一緒に飲むことを想定して設計されたお酒は、スッキリとしていて評判も上々。初回は発売から3日ですべて完売したほどです。これまでにも、時代に先駆けて古代米や無農薬米を使用したお酒の手掛けるなど、チャレンジ精神を忘れずより良い酒づくりを模索し続けています。

Tsugaru Vidro selectedfor 稲村屋

Tsugaru Vidro selected for 稲村屋

「津軽びいどろ」
瑞彩シリーズで味わう
鳴海醸造店
「稲村屋」2種

日本酒の味わいは、飲む器によって変化します。口にあたる厚みや角度など形状だけでなく、器の色から受ける印象も気分に影響し、感じ方を大きく変えてしまう要因となるのです。大好きなピンクの器は心を躍らせ、祝宴で金色の盃にお酒を注げば特別な気分になるでしょう。「津軽びいどろ」の酒器といえば、四季をイメージした鮮やかな色合いが特長です。

今回は、鳴海社長に「この器でうちのお酒を飲んで欲しい」というお気に入りのびいどろを選んでもらいました。そこに注いでいただくのは、『稲村屋 純米吟醸』『稲村屋 特別純米酒』です。


友美 「酒器を選んだポイントはどこですか?」

鳴海社長 「『稲村屋 純米吟醸』には琥珀色。『稲村屋 特別純米酒』には紅玉。稲村屋の酒のイメージと『津軽びいどろ』の色合いを合わせて選びました。」

友美 「ボトルのカラーと一緒ですね。純米吟醸は、香りが少し華やかで程よい甘味があって爽やかな印象です。ほどよい酸味もある。金箔が散りばめられた器で飲むと、高級感が増しますね。」

友美 「特別純米はジュワーッと旨味が広がります。まるでルビーみたいな、まさに完熟した紅玉のような鮮やかな赤色の酒器で飲むと、一層お酒のふくよかさが増すようですね。」

鳴海社長 「華吹雪を使ったお酒で、さきほどの純米吟醸に比べたらやや辛いでしょう?」

友美 「そうですね。甘味はおさえられているけど、少しコクがあってまとまりがある。同じシリーズの片口から注ぐのも上品でとても素敵ですね。」


「和醸良酒」の酒づくりを目指す理由

友美 「2007年突然杜氏職に就かなければならない!となった時のことを教えてください。」

鳴海社長 「父の代まで直接酒づくりに携わることはありませんでした。しかし長年お願いしていた杜氏が引退して、No.2だった方を杜氏に据えて引継ぎしたがご病気で退職されて。将来の杜氏として期待していた若い方も、その後ケガで断念せざるを得ませんでした。私は大学でも醸造を勉強してきたし、ずっと一緒に酒づくりはしていたので、急きょ私が代わることになりました。」

友美 「その時はどんな気持ちでしたか?」

鳴海社長 「初年度はベテランの釜屋さん(蒸米の責任者)もご病気で抜け、てんやわんや。最初は“なんとか酒にしないと”と、とにかく必死でしたね。蔵人として現場にはずっと携わってきたけど、責任者になる大変さは痛感しました。」

友美 「杜氏になれば製造量や米の購入量を決め、製造計画を作成し、酒税に関わるたくさんの帳面をつけたり。数字を管理する仕事も一気に増えますし、大変でしたね。」

鳴海社長 「自分より相当年上の方も多く、職人さんは信念があって、杜氏であってもなかなか私の意見を聞いてくれなくて苦労しました。ご高齢になって引退し、徐々に人が入れ替わり現在に至ります。“○○長”と名の付く仕事は、人への気遣いが大変ですね・・・」

友美 「そこから14年経ち、現在の蔵の様子はいかがですか?」

鳴海社長 「私が帰った当時、朝6時から19時半までだった就業時間を今は8時から17時に改善しました。重い蒸米を掘る作業もクレーンで吊ることで、無くしました。まだまだ全ては実現できませんが、過去の経験を生かして、みんなが健康に酒づくりを続けていけるよう労働面を見直しています。今は、私以外にも杜氏をやれる素質がある人間も育ちました。蔵の全員で品質や衛生面について話し、より良い日本酒をつくるための場を持つこともあります」

友美 「歯がゆさも味わったからこそ、さまざまな改善も試みて、今では鳴海社長を筆頭に、一丸となって酒づくりができているんですね。」


地元をあげて盛り上がる夏の風物詩「黒石ねぷたまつり」

友美 「青森といえば夏祭りが有名です。黒石はどんな祭りがありますか?」

鳴海社長 「代表するのは、黒石ねぷたです。50台以上にもなる扇形のねぷたが練り歩く様子は、かなり見ごたえがあります。黒石のねぷたは色彩あざやか。夏が近づくとお囃子の練習が聞こえてきて、季節の訪れを知らせてくれますよ」

友美 「すてきですね。ねぷたの時期にまた訪れてみたいです。」

鳴海社長 「黒石の歴史ある町並みに出るねぷたは美しくて、圧巻です。毎年7月末から8月頭までおこなわれます。ぜひいらしください!」


柔和な印象で、気遣いある鳴海社長からお話をうかがい、ひとりでは決してできない酒づくりの大変さに触れました。酒造業界には、チーム一丸でなければ、良い酒はつくれないという意味の「和醸良酒」という言葉があります。誰よりも大切さを知る鳴海社長だからこそ、「稲村屋」は愛されるのかもしれません。観光で黒石を訪れ、鳴海醸造店のお酒を手に取ってみて下さい。

ギャラリー

瑞彩(ずいさい)

  • 酒器セット 瑠璃
  • 酒器セット 琥珀
  • 酒器セット 翡翠
  • 酒器セット 紅玉

購入はこちらから

次回の「青い森の日本酒と津軽びいどろ」は、8月更新予定です。
ユネスコ世界遺産にも登録された白神山地の美しい水を使って造られる「安東水軍」を醸す尾崎酒造さんにお話をうかがいます。

[ sake writer ]

関 友美 せき ともみ

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師/あおもりの地酒アンバサダー(第一期)/フリーランス女将/シードルマスター
北海道札幌市生まれ。
「とっておきの1本をみつける感動を多くの人に」という想いのもと、日本酒の何でも屋としてお酒の美味しさと日本文化の面白さ、地方都市の豊かさを伝える。また青森県酒造組合認定「あおもりの地酒アンバサダー」第一期メンバーとして、青森県の地酒の魅力を広くPRしている。

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