【読みもの】青い森の日本酒と津軽びいどろ日本酒がもっと美味しくなる盃選び

鳩正宗株式会社

第5回鳩正宗

  • 鳩正宗株式会社

    青森県十和田市三本木稲吉176-2

1月の青森は、眩しいほどの真っ白な雪化粧が様々な表情を見せてくれる、もっとも北国らしい季節です。雪道を行き、疲れた身体を癒してくれるのは、青森が誇る伝統工芸品である「津軽びいどろ」で飲む青森の「地酒」。

酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、よりおいしくお酒を楽しむための器選びや味わいの変化について日本酒ライターの友美がお届けする連載企画。第5回目は、『鳩正宗』『八甲田おろし』を醸す『鳩正宗株式会社』です。

十和田湖の水に育まれた十和田市

青森県の南部、上十三(かみとうさん)地域・十和田市に位置する『鳩正宗』の蔵は、創業明治32年の老舗の蔵です。当初は、同地域内の異なる場所にありましたが、国からの企業整備法により統合合併、その後の分離独立がおこなわれ、昭和47年に移転され、現在の場所に定着しました。建物は移転時に建てられたもので、創業当時の姿を偲ばせるのは、以前の場所から移設された蔵と鳥居のみとなっています。

十和田市といえば、高村光太郎の「乙女の像」が湖畔にあり多くの観光客が訪れる十和田湖、青森県一高い山である八甲田山を有するなど、自然豊かな街として有名ですが、150年以上前までは不毛の地と呼ばれていました。十和田湖から水路を敷くことで、稲作などの農業が発達し現在の姿になりました。四季折々の自然の恩恵と先人の知恵に育まれ、『鳩正宗』のお酒はできています。

「和醸良酒」蔵元と蔵人の思いが重なり醸される地酒

「蔵人は全部で8名、僕を含めて蔵人のほとんどが十和田の人間です」と話すのは、佐藤企(たくみ)杜氏です。
蔵からほど近い農家に生まれ育った佐藤杜氏は、東京農業大学で農学を専攻し、4年間米づくりについて学んでいました。「卒業後は大好きな十和田に戻って働きたい、と漠然と思ってはいました。父も夏場は米づくり、冬場は『鳩正宗』の蔵人として酒づくりに携わっていたので、“杜氏”とか“蔵人”といった職業があることは知っていましたけど、まさか自分自身が杜氏になるとは思ってもいなかったですね」と言うとおり、最初から迷うことなく、今の道を辿ったわけではありません。

現社長・稲本修明(しゅうめい)さんの先代、父である稲本純一さんは、現在の地に移転したのち、「そもそも地酒とはなんだろうか?」と、本来の意味を見直し、「その土地の物を使って、土地の人の手で造られるものではないだろうか」という考えに至りました。そして「将来的には、地元の米と水を使って、地元の人たちの手によって醸される正真正銘の地酒をつくりたい」という願いを抱きます。
ちょうどその頃、就職先を考えあぐねていた佐藤杜氏は、蔵人であった父を通して、今後『鳩正宗』をともに背負って、歩んでいける人材を探していた稲本前社長と話す機会が設けられ、そこで語られた蔵の考え方や理想に共感をし、進路を決意しました。

昭和63(1987)年に大学を卒業した後、醸造学を学ぶため1年間大学に研究生として残り、さらにその後1年間、国税庁管轄の醸造試験所(現在の独立行政法人酒類総合研究所)で勉強を積んだ後の平成2(1990)年より実際の酒づくりの現場に関わるようになります。そして、冬季限定で酒づくりに来ていた南部杜氏※1のもと修行を重ね、平成16(2001)年に自身も南部杜氏資格を取得したことをキッカケとして、現職に就きました。蔵元の夢が、大きく前進した瞬間です。

※1 杜氏・・・酒蔵で酒づくりを担う全蔵人の統括、製造の最高責任者である杜氏には、地域ごとに流派があり、つくり方やできる酒の味わいに特色が出ると言われている。南部杜氏は岩手県を拠点とし、杜氏集団のなかでは日本最大規模を誇り、社団法人南部杜氏協会として独自の講習会や認定制度をもうけている。

青森、ではなく十和田。よりマクロな地域文化の発信

現在800石(1石=一升瓶100本)の日本酒をつくる鳩正宗では、水は蔵の敷地内から汲み上げ、酵母は青森県のもの、全量でないものの、米は自分や地域の田んぼでつくられたものを使用しています。そして昨年新たな試みとして、八甲田山にある葉や木などを採取して研究機関で『八甲田酵母』を取り出し、酒づくりに活用しています。

また、佐藤杜氏と十和田にゆかりのある現代美術家・山本修路※2さんとが中心となり“酒プロジェクト”を発足し、佐藤杜氏の実家でもある田んぼにみんなで集まって、田植えや稲刈りをし、自分たちで育てた米をつかって酒づくりをするプログラムもおこなっています。田植え、稲刈りは100名ほどの有志の方たちが佐藤杜氏の田んぼに集まり、毎年賑わいを見せています。「子供たちは田植えそっちのけで好き勝手に遊んでしまうんですけど、泥んこになって遊べる機会って今はなかなかないでしょう。そういう場になるだけでも良いのかなと思っています」と、佐藤杜氏は笑顔を浮かべます。こうしてみんなの手によってつくられたお酒は『天祈り(てのり)』というラベルが貼られ、参加者に配られます。『天祈り』とはもともと、田植えの後に豊作を祈願する、まさに文字どおり天に祈る儀式のことで、青森県県南地方での呼び方です。

※2 山本修路(やまもとしゅうじ)/1979年東京生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業。卒業後庭師などの経験を経て、森や木々に焦点をあてた立体作品を手掛け、2008年十和田市現代美術館に常設作品「松 其ノ三十二」を展示する。現在は森や山に入り、植物の生態を学びながら作品づくりする日々を送っている。

青森県とひと口にいっても、津軽地方と南部地方では言葉も違い、さらにその中でも内陸と沿岸では文化が大きく異なるため、ひとくくりにすることは出来ません。だからこそ、地元の文化は、その土地に愛情をもって住む人たちの手でそのまま伝えていく。地方都市の理想を体現するかのような鳩正宗の姿をとおして、日本酒や酒蔵だからこそできることの多さに驚かされます。

地酒の本質を追求し続けるお酒のなかから、『八甲田おろし 純米大吟醸 華想い40』と『八甲田おろし 大吟醸 華吹雪50』をご紹介いただきます。

樹氷という自然の神秘を表現した『八甲田ザラメ雪』

友美「器のセレクトは、冬の八甲田がテーマです。『津軽びいどろ』復刻版には『八甲田ザラメ雪』というシリーズがあります。まるで氷の結晶がついているかのような凹凸は、手触りも面白く、一度見ると忘れられない心に残る一品です。十和田は、雪がとても多いところですよね」

佐藤杜氏「はい、平地でもこの辺りは結構積もりますよ。八甲田山には、トドマツが多く生えていて、そこに氷と雪がぶつかってくっ付いて、やがて樹氷になるんですよ。この模様は、まさに樹氷を思わせますね」

友美「なるほど!『八甲田おろし』と、お酒の名前になっているように、山頂から吹き下ろす風に乗って雪や氷が木に付着してできる樹氷をイメージしてるんですね。雪による制約や辛いことも多いけど、こうして器に表現されていると、自然だけが持つ、ダイナミックな美しさを思い出させてくれます」

大地の恵みに感謝し、丁寧に米の旨味を味わう

友美「『八甲田おろし 大吟醸 華吹雪50』の方は、辛口ですけど、途中でしっかりとした米の旨味が出てきますね」

佐藤杜氏「米の旨味を出す、をコンセプトにして、“旨口の酒”を目指しています。大吟醸は、きっと『八甲田ザラメ雪』のワイングラスタイプが合うんじゃないでしょうか」

友美「合いますねぇ。香りも感じることができますし、口の厚さがある程度ありますから、旨味が強調される気がします。『八甲田おろし 純米大吟醸 華想い40』は、『酒器セット(トルコ)』が似合いますね」

佐藤杜氏「これは金粉ですか?これは豪華ですねぇ!」

友美「1月といえばお正月や、様々な節目、祝い事の多い季節なので、食卓をきらびやかに彩ってくれるセットを選びました。輝き方が最適な24金を使用しているそうです。こうした器を使うと、丁寧にじっくりと味わって飲みたい気持ちになるから不思議ですよね」

青森の技術を継承するプロフェッショナルたち

友美「佐藤杜氏は、青森県卓越技能者、あおもりマイスターなんですよね。平成12年からスタートされてから認定者はまだ数えるほどしかいないとか。どうやって認定されるものなんですか?」

佐藤杜氏「青森県が行っている認定制度で、ものづくりに関する26職種に限って与えられます。20年以上の従事経験がある、県内で5年以上在勤・在住している、などいくつもの条件をクリアして、審査員の方が会社訪問されて、ほぼ丸1日に渡る実態調査がおこなわれた後で認定されます」

友美「卓越した技術を持つだけでなく、20年以上の職務経験が条件ですか!それは限られてくるわけですね」

佐藤杜氏「わたしは、“発酵”の技術分野で認定されています」

八甲田おろし ×
復刻シリーズ 八甲田 ザラメ雪

八甲田おろし ×
酒器セット(トルコ)

友美「『津軽びいどろ』をつくる工場の中川洋之工場長も“溶融”の分野であおもりマイスターに認定されています。色ガラスの多色使いは、ただ混ぜればいいというわけではなく、膨張率を計算して全ての色について合わせなければ割れてしまうそうで、1つの器に取り入れる色の種類が増えれば増えるほど難しくなっていきます。国内、いえ、世界においても中川工場長にだけしか出せない色もあると言う人もいるほど。他にも青森県の伝統工芸士である職人さんが3名もいらっしゃいます。私たちがただ“おいしいな”“綺麗だな”と感じる裏側には、卓越した技術と青森の伝統を守ろうとする熱いおもいが秘められているんですね」

佐藤杜氏「自分が持つ技術は、地元のために伝えていきたいと思い、あおもりマイスター制度に参加しました。でもお酒を飲む方たちには、難しいことを考えず“おいしいなぁ”と単純に感じていただけたら嬉しいですねぇ」


青森県ではなく十和田市、十和田市より蔵周辺の風土、という手と目が届く範囲まで落とし込み、こだわって発信する蔵はまだそうたくさんないでしょう。地元に誇りを持ち、愛を持って暮らす人たちがいること。日本酒を飲みながら思いを馳せ、想像を膨らませたなら、いつかぜひ十和田に足を運んでみてはいかがですか。

[ sake writer ]

関 友美 Seki Tomomi

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師
日本酒アドバイザーや飲食店勤務を経て、現在は「とっておきの1本をみつける感動をたくさんの人に」という想いのもと、初心者向けのイベントやセミナーの主催、記事や物語の執筆、日本酒専門店の女将業務などを通して、様々な角度から日本酒の美味しさと日本文化の豊かさを伝えている。

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