【読みもの】青い森の日本酒と津軽びいどろ日本酒がもっと美味しくなる盃選び

六花酒造

第2回六花酒造

津軽の夏といえば、なんといっても『ねぶた』『ねぷた』でしょう。重要無形民俗文化財にも指定される青森の一大イベントの目玉は、豪華絢爛なねぷた。ライトアップされた色とりどりのねぷたが、城下町・弘前の夜を彩ります。
その輝きを食卓に運んでくれるのが、青森が誇る伝統工芸品である「津軽びいどろ」と「地酒」です。

酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、よりおいしくお酒を楽しむための器選びや味わいの変化について日本酒ライターの友美がお届けする連載企画。第2回目は、『じょっぱり』『龍飛』を醸す『六花(ろっか)酒造』です。

「意地っ張り」という名前に刻まれた酒づくりへのこだわり

「本当に大きい…」
様々な蔵を見てきたわたしも、思わず絶句してしまうほど巨大な建物は、蔵というよりまるで工場の様相です。それもそのはず、昭和47年に青森を代表する『白藤』『白梅』『一洋』の3蔵が合併し『六花酒造』として設立いたしました。建物もその当時建設されたものです。

塩分を多く含むものが多い食文化の影響から、もともと青森県は甘い酒が多い土地。しかし六花酒造では甘ったるい酒ではなく、「辛口のスッキリとした酒をつくる!」と決め、つくり続けてきました。その姿勢や決意をあらわすように、津軽弁で「意地っ張り」「頑固者」を意味する『じょっぱり』という名が酒につけられています。

酒づくり未経験の道産子が、津軽の杜氏に大抜擢されるまで

出迎えてくれたのは、『じょっぱり』の意味とは真逆の、柔らかな津軽弁が印象的な河合貴弘(たかひろ)杜氏。「北海道出身なんですけど、農家の方や蔵の人たちと話しているうちにいつの間にか訛りも移りましたね」と優しい笑顔でお話しいただきました。
北海道を出て、東京でサラリーマンをしたあと、好きだった酒をつくる仕事をしようと探していたところ、縁があって造り酒屋である六花酒造を紹介してもらい平成9年(1997年)に入社。当然それまで酒づくりはしたことがありません。

「入社してから4年後に地元の津軽杜氏が、辞められました。その後、社内で後継者を検討した際に“やってみないか?”と私に声がかかりましたが、さすがにその時は“まだ無理だ”とお返事しました。それから、代わりの南部杜氏が来て下さることになったので、その方について必死に杜氏としての酒づくりを覚えました」(河合杜氏)

こうして修行期間を経て、平成18(2006)年より杜氏に就任。酒づくりに関わる蔵人は全部で16名。社員として通年雇用されているのは、河合杜氏を含めて4名のみ、その他はりんご農家や米農家、冬場だけ蔵に通うメンバーです。

蔵を案内していただき規模の大きさや設備に驚いているなかで、お話をうかがっていると、当初の河合杜氏の印象とは、また違う面を見ることができました。

酒づくりに必要な麹米(こうじまい)をつくるためには『枯らし』という、米を冷やし乾燥させる作業が必要です。この作業に使う場所を『枯らし場』といい、以前の六花酒造では確立されておらず、他の作業部屋をカーテンで仕切り使用していましたが、河合杜氏に代わってから見直され、「より衛生的でより良いものを」と、独立した部屋が設置されました。

その他にも、品質をじっくり見守りながら微調整できる小さな仕込みをする仕組みや設備を備えたり、各種鑑評会への出品というチャレンジ、より良質の酒造用水確保のためのボーリング調査など、決して小さいとは言えない変更を決定づけていったのは、他でもない河合杜氏その人でした。あたたかな笑顔と人柄の裏側に、仕事への情熱と大胆さを併せ持ち、蔵をけん引しています。

ニーズも理想も両立し、追い求めるための技術と不断の努力

六花酒造の特色といえば、ニーズと理想の両者をうまく追及し、カバーしている点にあると思います。日常の酒と、ハレの日などの特別なときに飲みたい酒との区別がハッキリつけられています。日常の酒は“誰でも手に取りやすいよう手頃な価格で最大限のおいしさを届ける”。

それに対して、特別なものは“より手作業を増やし、目をかけてやる”。機械ではなく甑(こしき)と呼ばれる道具で少量ずつ米を蒸し、人の手によって運び、搾り方も酒にあまりストレスをかけないよう時間をかけて“しずく”を集める方式をとり、貯蔵も一般的にはタンクで行いますが、特別なものは瓶に詰め替えてから貯蔵専用の部屋に運ばれます。こうすることによって、華やかな香りをそのまま保つことができ、損なわれることがありません。「せっかく手間ひまをかけるなら最初から最後まで。僕がここで見ている状態のまま届けたい」との想いから、全てが特別で、最高のおいしさを追求した方法を採用しています。小規模の蔵が増産するのももちろん大変ですが、大規模なつくり方から少量生産の酒をつくり上げることも、大は小を兼ねるとはいかず、非常に大変なことなのです。

こだわりの酒のなかから今回ご紹介いただくのは、『じょっぱり純米大吟醸 華想い』『特別純米酒 龍飛』です。

『じょっぱり』だけじゃない、人々の嗜好にあわせた酒

友美「龍飛名水使用、と書いてありますが、これってなんですか?」

河合杜氏「龍飛岬から望む津軽海峡の海底地下から湧き出ている天然水のことです。龍飛という商標はもともと自社で持っておりましたが、よりこの銘柄にふさわしい酒づくりをしたいと考えているとき、天然水を管理している町を知り、以降使用しています。硬度が低い柔らかい水なんです。だから酒自体もまろやかで芳醇な味わいになる。じょっぱりとは反対のビギナーの方や女性にも喜ばれるようなお酒にしよう、と使わせてもらっています」

津軽びいどろの原点・浮き球と同じ緑色をした『七里長浜』

友美「器のセレクトは、夏の弘前をテーマにしました。弘前からも多くの方が向かうであろう海水浴場がある七里長浜からイメージして、復刻シリーズの『七里長浜』。そして8月におこなわれるねぷた祭りをイメージして『ねぶたシリーズ』です」

河合杜氏「復刻シリーズのこの色合いがすごくいいですねぇ」

友美「『津軽びいどろ』をつくる北洋硝子は、ほたての養殖する時に使う浮き球を作ることから始まった会社だそうです。当時の浮き球同様、七里長浜の砂を使ってガラスを焼き上げると含有される鉱物の関係で、緑がかったこの色になるそう。だからこのシリーズは、本当の意味で『津軽びいどろ』の原点と言えます」

飲み比べてわかる多様な日本酒の楽しみ

河合杜氏「『龍飛』の方が華やかな香りのあるタイプなので、ワイングラスが合うんじゃないですかね。通常は加熱処理されたものを発売するんですが、今回用意したのは、弘前城公園で毎年おこなわれる『弘前さくらまつり』限定で発売される生酒のタイプです」

友美「このワイングラスタイプの器は、厚みがかなりあるので日本酒を飲むのには、あまり適さないかな~?と最初想像したんですけど、飲んでみると味がかなりまろやかになる気がして、とても面白いんですよ。どうですか?」

河合「うん、そうですね。全然違いますね。おちょこよりワイングラスの方が、味がふくよかに感じられます。おちょこの方はシャープでキリッとした印象です」

友美「わたしは最初、辛口のじょっぱりをワイングラスで飲むことで、味のボリュームが出てきて合うかなぁ?と思ってたんですけど、これはそのままの切れ味を感じる、おちょこがいいですね!」

食卓に、国の重要無形民俗文化財である『ねぷた』と『ねぶた』を

友美「青森県各地で祭りがおこなわれていますが、弘前がねぷた、青森がねぶた、というそうですね」

河合杜氏「国の重要無形民俗文化財に指定されて以降そうなったようですが、わたしたち住む人間にとっての明確な区別はないみたいですよ。でも弘前城公園近くにある施設の名前は“津軽藩ねぷた村”ですねぇ」

友美「はい。あそこに見学に行って、ねぷた師・ねぶた師という職業があることを知りました」

河合杜氏「主に、幅9m、高さ5m、重さ4トンもある青森ねぶたを制作する工芸士のことです。下絵から骨組み、色付けまで一手に引き受ける、青森に欠かすことのない伝統的な職業ですよ。弘前ねぷたは、表が鏡絵といって中国の三国志や日本の武将などが描かれ、裏は見送り絵と呼び、おだやかで艶やかな美人画などが、描かれます。」

友美「『津軽びいどろ』のねぶたシリーズは全部で9色使われています。ねぶたをライトアップする光が、昔は裸電球だったものが、現在では多くがLEDになりました。そうすると少し黄色味がかっていたねぶたが、真っ白に変化したため、『津軽びいどろ』の方にも白を一色増やしてより実際のねぶたに近いものにしたそうなんですよ」

河合杜氏「それは面白いですね!」

友美「含まれる色ガラスの膨張率が同じでないと、割れてしまうそうです。だから色が増えれば増えるほど、製品として作りにくく、難しくなる。なのに昔の裸電球バージョンも残し、ねぶたシリーズは2種類あるそうです」

河合杜氏「そのこだわり方はすごいなぁ。両方集めたくなりますねぇ」

じょっぱり・龍飛 × 復刻シリーズ 七里長浜

じょっぱり × 津軽びいどろ NEBUTA

『津軽びいどろ』と『じょっぱり』の共通点

友美「『津軽びいどろ』の製造現場では、常に何千℃という熱い釜を目の前にして、職人さんと器とが向き合っています。当たり前だけど、どんなに暑い夏の日だって、室温を下げることはできない。それを毎日、毎年、ずっと続けるっていうことは並大抵のことじゃないと思うんです。その姿を目の当たりにしたとき、酒づくりも同じだな、と感じました」

河合杜氏「そうですね。たとえば酒づくりに重要な麹米をつくる作業は、菌が一番活動しやすく、順調に育ってくれる温度を保つので、40℃近い密室で仕事することになります。汗だくになるほど暑いですけど、微生物のためを考えると仕方ありません」

友美「酒づくりに関わる方たちはよく“僕たちが酒をつくってるんじゃない。微生物が醸してつくってくれるのを、お手伝いしているんだ”と言いますよね」

河合杜氏「まさにその通りで、麹菌などの微生物がいないと私たちだけでは日本酒をつくることはできません。自分ひとりの力では完成することができないんです」

友美「暑かったり寒かったり、継続的な集中力を要したり。製品への愛情や、ものづくりへの情熱がなければ、決してできないことだと思います。そういった点では、どちらも似ているのかもしれませんね」


温厚で実直な河合杜氏からお話をうかがい、モノづくりという観点からは『六花酒造』も『津軽びいどろ』もどちらもつくる人たちはみんな、『じょっぱり(頑固者)』なのかもしれない、と感じました。北国・津軽ならではの心意気、誇りと自信を、お酒を飲みながら味わってみてはいかがでしょうか。

[ sake writer ]

関 友美 Seki Tomomi

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師
日本酒アドバイザーや飲食店勤務を経て、現在は「とっておきの1本をみつける感動をたくさんの人に」という想いのもと、初心者向けのイベントやセミナーの主催、記事や物語の執筆、日本酒専門店の女将業務などを通して、様々な角度から日本酒の美味しさと日本文化の豊かさを伝えている。

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