【読みもの】青い森の日本酒と津軽びいどろ日本酒がもっと美味しくなる盃選び

西田酒造店

第3回西田酒造店

青森の夏はとても短く、夜空に咲く大輪の花火のように、あっという間に通りすぎてしまいます。夏の終わりを感じ始める9月。思い出を心に焼きつけるために、みんなで囲んで欲しいのが、青森が誇る伝統工芸品である「津軽びいどろ」と青森の「地酒」です。

酒蔵の方から歴史やストーリーをおうかがいしながら、よりおいしくお酒を楽しむための器選びや味わいの変化について日本酒ライターの友美がお届けする連載企画。第3回目は、『田酒(でんしゅ)』『喜久泉(きくいずみ)』を醸す『西田酒造店』です。

無名だった『田酒』が幻の酒と呼ばれるまで

日本酒好きで知らない人はいないであろう『田酒』。あまりの人気から入手が困難なため、“幻の酒”と呼ぶ人もいる青森を代表する有名銘柄です。「冬場の半年間かけて毎日仕込んでいますから、幻なんて言われると、“頑張ってつくってるんだけどなぁ”って思います」と冗談まじりに出迎えてくれたのは、西田司(つかさ)社長。
『喜久泉』という酒をずっとつくってきたが、西田社長の義父、先代の西田興太郎会長が「戦前は純米酒だけをつくっていた。もう一度、田んぼの味わいをそのまま届けるような酒をつくろう」と発起し、昭和49(1974)年に『田酒』という名前の、純米酒限定ブランドを立ち上げました。しかし当初なかなか売れず、ようやくその人気に火がついたのはつくり始めてから7年が経った昭和56(1981)年。雑誌『特選街』の“うまい酒コンテスト”コーナーで日本一に選ばれたのがキッカケでした。翌年の“燗酒部門”でも1位入賞を果たしたことから「田酒はどういう飲み方をしても旨い、良い酒だ」と全国的に広く知られることになったのです。

蔵人みんなに優しい体制で、未来に向けて継続可能な酒づくり

蔵を案内していただいて驚いたのは、作業動線の良さと、身体に負担がかかる作業を極力なくすためのあらゆる工夫が凝らされている点です。たとえば洗米後の酒米を、別の部屋に運ぶ時は、人力で担いで運ぶ蔵も多いのですが、西田酒造では、全て大きなケースに入れてクレーンで吊るし運びます。それから他の蔵ではシーズン中続く、2時間おきに起きて温度管理や生育状態を管理する泊まりの作業を、西田酒造では蔵人を交代制にし、夜に確認した後は、朝6時に早出出勤した別の蔵人がチェックすれば十分なよう、体制と機械設備を整えています。

「50代の私に合わせて力仕事を減らすことで、女性蔵人でも1人で作業することができます。無理して米を人力で運べば重いし、知らずにこぼれることもあります。そうしたら今度はそのこぼれ落ちた米を掃除する作業も増えてしまうでしょう。少数精鋭で酒づくりするのには、より効率的、衛生的にしていくことが必要不可欠なんです」と西田社長が話すうしろからは、蔵人のリラクゼーションのためにかけられた軽快な音楽が聞こえてきます。
人数を増やせば、酒の価格にも影響を与えることでしょう。ともに働く蔵人たちと向き合い、現状や伝統に固執することなく、より良い方法でより良いものをつくり続け、“日常生活の中に、気軽にうちのお酒を取り入れて欲しい”という願いが蔵全体に反映されています。

純米酒『田酒』と吟醸酒『喜久泉』の役割分担

西田酒造では、米と米麹だけでつくった“純米酒”を『田酒』、醸造アルコールを添加した“吟醸酒”“大吟醸酒”を『喜久泉』としています。以前まで『喜久泉』は、こだわりの酒を普段から手に取ってもらいたい、という思いから本醸造酒もつくっていました。しかしよりお客様に理解しやすく、そして良いものを飲んでもらいたいという願いから、価格は抑えたまま現在のわかりやすいガイドラインを設けました。
「先代は“純米酒こそ本物のお酒”として『田酒』を生み出しましたけど、私自身はアルコール添加したお酒を悪とは思っていません。アルコール添加量を抑えさえすれば、純米酒にはない、飲み口の軽快さが生まれる。必要なものだと思っていますよ」と西田社長は自信を持って製品化しています。そのため『田酒』『喜久泉』ともに特約店を通して、全国に流通されています。

蔵だけでなく、青森全体を愛情深く見守るオピニオンリーダー

『田酒』ファンの中には、近年お正月に彩りを添える『干支ラベル』を楽しみにしているという方も多いのではないでしょうか。杜氏の希望によってつくられてからまだ3年であるものの、既に人気の商品となっています。ラベルデザイン、使用米や酵母などの酒質設計など全てが細川杜氏個人の自由に任されており、培った技術やノウハウは転じて、他の定番銘柄のつくりにも活かされるという良い循環を生んでいます。 また秋田の『Next5』のように、青森には『Future4』という、青森県内の杜氏4名で結成された技術集団があります(現在は休止中)。杜氏同士は酒造組合の会合などで顔を合わせ仲が良いものの、同じ期間に酒づくりをしているせいでなかなか頻繁なコミュニケーションをとれない現状がありました。そこで、技術交流と情報交換をおこない、それぞれの蔵の酒質を向上、日本酒の魅力を発信する、という目的で『Future4』が結成されました。内輪での意見交換会のみで具体的な活動をしていなかった彼らに「せっかくだから、持ち寄った情報や知識を取り入れながら、企画として酒をつくってみてはどうか」と提案したのは、西田社長だったそう。
西田酒造、そして西田社長が“青森のレジェンド”、“地酒界の重要人物”と呼ばれ続けるのは、これからの酒づくりや地域全体を見据えて、若手に負けない軽いフットワークと柔軟な発想で、青森県全体に愛情をもって目を配っていることが理由でしょう。多くの人々に影響を与える、まさにオピニオンリーダーなのです。

今回はたくさんのお酒のなかから、『特別純米 田酒』『吟冠 吟醸造 喜久泉』をご紹介いただきます。

あの日の思い出を今に伝える『花うつし 紫陽花』

友美「“あじさいが咲く青森の夏”というテーマで『復刻シリーズ 青森』と『花うつし 紫陽花』を選びました。西田酒造さんから少し北に行ったところにある三厩駅から龍飛崎にかけて、あじさいロードと呼ばれる道があるのをご存知ですか?」

西田社長「いいえ、初めて聞きましたね!そういうのがあるんですか」

友美「青森で国体がおこなわれた時、自転車競技に使用された道を有効活用しよう、ということで外ヶ浜町の町の花であるあじさいが植えられた道だそうです。青や紫のあじさいが道の両側を彩る風景が見られるのは、この季節だけ。所々で海を臨むこともできますから、自転車やバイクのツーリングルートにすると良いかもしれません」

西田社長「1977年のあすなろ国体のことですねぇ。平成30年の国体もまた青森で行うことになりそうで、内々定が出たばかりですよ。この『花うつし 紫陽花』は、光が当たると色がテーブルに映って、これは綺麗ですね。」

友美「『復刻シリーズ 青森』と『花うつし 紫陽花』を合わせると、爽やかな印象を与えてくれるので、夏の食卓が涼しげに感じられますよね。器を単独で置くのも素敵ですけど、他の器やテーブルクロスなどとコーディネートすることによってイメージが変化するのがやはり面白いですね」

器の形や厚みで変化する味わい

西田社長「ワインやウイスキーに様々なグラスがあるように、日本酒を飲む時にも、形や材質によって味わいがガラッと変わりますね」

友美「おっしゃる通りです!」

西田「ワイングラスタイプっていうのは、香りを感じるのに向いていますから、吟醸香が特徴の『喜久泉』は、『復刻シリーズ 青森』が合うんじゃないですか?」

友美「私もそう思いましたが、『花うつし 紫陽花』の方が良いかもしれません。厚さがもっと薄ければ『喜久泉』の方が合うでしょうけど。でも『復刻シリーズ 青森』にはある程度の厚みがあるため、味わいの角が取れてよりまろやかに感じるので『田酒』を合わせた方が合いそう。『喜久泉』は『花うつし 紫陽花』、『田酒』は『復刻シリーズ 青森』がぴったりですねぇ」

『津軽びいどろ』と『田酒』の共通点

友美「地酒も器も、ハンドメイドならではのオリジナリティが喜ばれる時代になりました。10年前にはまだ注目度が低かった『津軽びいどろ』ですが、近ごろでは、盃コレクションなど1日500~600個を毎日、毎日作っていても、需要に生産が追い付かないほどの人気が出ています」

西田社長「うちも大体9月から6月まで毎日酒づくりをして、3000石(1石=一升瓶100本)をつくっています。お客様の声に応えたいという気持ちはあるけど、これ以上はどうしても無理が生じてしまうから今の規模がちょうどいいんです。ここまで何とか生産量を増やしましたから、あとは量より質を向上するようにして、足りなくて行き渡らない分は、頭を下げるしかないです」

友美「時代の変化とともに、去っていったガラスメーカーさんも多くいます。常に改良・改善はしながらも青森の四季をガラスで表現するという点では、『津軽びいどろ』は変化していません。『田酒』はこういうもの、という核心は変えずに、日本酒業界の先端に立ち続ける姿が『津軽びいどろ』と共通するのではないかと感じました」

西田社長「同じことをやっているってことは、後退してるということです。常に新しいことに目を向けて、お客様が欲しがっているもの、というよりは“こういうのがあるといいだろうな”というものを提供すべきだと思っています。そうじゃないと、やってても面白くないじゃないですか」

友美「『津軽びいどろ』も、たとえば、製品の重さや厚み、高さなどを均一化して、より厳しいガイドラインを作成した上で、検品体制も整えました。そうすることで、いつつくったものと比べても違いがないほどに。でも手作りならではの良さ、模様の変化など細部を見てみると、この世に2つとしてないオンリーワンの物です。新商品の開発も随時おこなっていて、現在研究中の試作品を見せていただきました。アレは、酒飲みにとっては早く商品化して欲しいもの。今からワクワクします!」

田酒・喜久泉 × 復刻シリーズ 青森・花うつし 紫陽花


一時的な人気を得ることではなく、西田酒造が常に日本酒業界をけん引しているのには多くの理由がありました。新商品を出し、新しいお米や製法にもチャレンジする反面、現行の商品をつくるための改善を重ねていく。西田社長の精神的な若さ、チャレンジし続ける姿勢がそのまま西田酒造の姿であり、『田酒』が“幻”と言われ続けている理由ではないでしょうか。ぜひ『田酒』を特約店さんから購入して、『津軽びいどろ』で飲んで、青森をまるごと味わってみてくださいね。

ギャラリー

[ sake writer ]

関 友美 Seki Tomomi

日本酒ライター/コラムニスト/唎酒師
日本酒アドバイザーや飲食店勤務を経て、現在は「とっておきの1本をみつける感動をたくさんの人に」という想いのもと、初心者向けのイベントやセミナーの主催、記事や物語の執筆、日本酒専門店の女将業務などを通して、様々な角度から日本酒の美味しさと日本文化の豊かさを伝えている。

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